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日記「あじわい」

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対人支援として、アスリート向け、エグゼクティブ向けにどう関わるかという話をする上での留意点#274

今日は昼間、企業内における1on1について、エグゼクティブとマネージャーで何が異なるのか。そんな話をしていた。

夜はコーチ仲間たちと、アスリートたちにどう関わるかというテーマで対話をしていた。

エグゼクティブ向けのセッションと、マネージャー向けのセッションで何が同じで何は異なるのか。

アスリート向けのセッションと、ビジネスパーソンのセッションは、何が同じで、何は異なるのか。

この問いは大事だと思う。

これを考えるにあたり、留意すべき点がある。

それは、どの切り口にしても、人間の深遠さ、豊かさをないがしろにしてはいけないということ。

ゆえに、エグゼクティブだから、アスリートだからと言わず、まずは固有名詞をつかって具体的に考えること。

その人がどうであるか。

その方がその人にどう関わるかの大事な示唆が出る。

仮に一般論として出したいのであれば、そうやって具体的に考えていった上で、それこそ研究的に複数に関わった経験から、抽象化できる指針なり理論めいたものが出てくるかもしれない。

だが、それさえも、それにそぐわないケースがあるのではないかと、持論を疑う姿勢がなければ、その人を歪んだように解釈してしまう。

その持論には、いくつかの前提条件があったことに気がついていく必要性がある。

これは、言語や概念がもつ性質から、どのような理論も原則も可謬性をもつからである。

ゆえに、エグゼクティブやアスリートといった、役職や職種で切る切り口以外にも、たとえば、成人発達理論の発達段階がどうとか、ユングのタイプ論がこうとか、占星術がこうとか、そういったものすべてに言えるのではないかと思っている。

だからといって、それらが無駄なのかというと無駄ではないし非常に価値のあるものだと思っている。

だから、最初の問いも大事な問いだと思っている。

これが、色即是空空即是色であるし、すべてがフィクションであると同時にすべてがリアリティでもあるということに思う。

2021年9月14日の日記より

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