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日記「あじわい」

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幼少期、青年期の抑圧された実践#315

時刻は23時10分。

今日は昼寝したため、この時間でもかなり目が覚めて元気でいる。笑

今日もお気に入りのファイナルファンタジーのBGMを聴きながらジャーナリングを始める。

今月より、鈴木規夫さんと加藤洋平さんの発達理論に関する講座を受けさせていただいている。

その中で、今朝は、加藤さんから「幼少期、青年期に抑圧からの解放」という話題があった。

幼い頃に、何かしら出会いが悪く、自己の中に抑圧してしまった欲求を、音になった今改めて掘り起こし、実践することで自己を解放していく大切さが語られた。

今日は、私自身が、幼少期、青年期に抑圧していたものがないか見ていきたい。

漫画家の夢

まず、いの一番にあがるのが、小学2〜3年生の頃、私の夢は漫画家になることだった。

当時の大親友のつっくんと二人で漫画家を夢みて、ノートに漫画を書いては学校の友人に読ませたりしていた。

自分の書いていた漫画を、ときおりスピンオフとしてつっくんに続きを書いてもらったりもしていた。

彼の絵は本当にうまく、惚れ惚れしていた。

そして、次第に、つっくんと比較して自分の絵の下手さ具体に、漫画を書くことが減り、小学4年生のときの引っ越しを機に、つっくんとも会うことがなくなり、漫画を書くことをやめた。

このときの漫画家の情熱は、絵を書く楽しさと、ストーリーを書く楽しさだったように思う。

絵を書く楽しさ

絵を書くことは、大人になった今、一部は満たされているかもしれない。

油絵や水彩画で抽象画を描く実践を通じて。

しかし、どうやら自分の中で抽象画以外にも描きたい欲求があるように思う。

母は昔から絵手紙をしており、今でもほぼほぼ毎日書いている。

それを見るのが好きで、自分もこういった絵を書く実践をしたいんだな〜と思う。

ストーリーを書く楽しさ

ストーリーを書くこと、これを書いて、以前自分の死と向き合うことを思い出した。

このとき、私の中で、こんなことを書いていた。

いつでもどんなときでも、私に息づいているものを社会に差し出したい。

自分に息づくものを表現したいという欲求があり、その手段として今日記を書いている。

ここには書いていなかったが、このとき、映画をつくりたい、小説を書きたいというのも出ていた。

いずれにしても、何かストーリーで描きたいんだなと思う。

これも、映画や小説とまでいかなくとも、別の手段でも実現できるだろう。

マイケル・ジャクソン

それから、マイケル・ジャクソンは学生時代の頃からずっと好きで、よく真似をしていた。

曲を奏でること、踊ること、人前でパフォーマンスをすること、こんな欲求は昔からあったように思う。

いつしか、社会に適応するために、勉強と部活に時間を割き、しなくなってしまった。

人前でパフォーマンスすることは、チャンバラの仕事で随分満たされたように思う。

音楽と踊りは、以前自分の中にやりたい欲求が強くある。

いずれも真似るところから始め、いずれは自分で創り表現したい。

表現すること

総じて言えることは、私は何かを表現したいし、創り出したい。

いつでもどんなときでも、私に息づいているものを社会に差し出したい。

これがたしかに自分の奥にあり、その表現は、曲なり踊りなり小説なり絵なり、そのときおり。

それぞれの表現手法だから伝わることもある。

どれもやりたいな。笑

もちろん、どの実践もそれぞれのスキルが必要ではあるものの、一定レベルはトレーニングをすれば身につけられるもの。

私の人生のフェーズにあわせて、自分に経験をさせてあげたいと思う。

2021年10月25日の日記より

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