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日記「あじわい」

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アルケミストを読んだ感想#216

今日は、「星の王子さま」ばりに世界的ベストセラーになっている「アルケミスト〜夢を旅した少年〜」を初めて読んだ。

改めてだが小説というのは、物語があることによって、そこには哲学、思想、心理学など多岐にわたる示唆に満ちている。

本書に込められたメッセージは何なのだろうか?

それはきっと読者それぞれが、今の自分の状態に応じて受け取るものになるだろう。

では、今回、今のタイミングで私は本書からどのようなメッセージを受け取ったのか。

それを残しておきたい。

一番大切な夢を旅する

物語は、羊飼いの少年が、エジプトのピラミッドにある宝物を見つける夢を信じて旅にでる物語。

初っ端かな泥棒にあって一文無しになったり、命の危険に何度も出くわす。

途中、少年が、自分の心の声に耳を澄ませ、あることに気づく。

「僕の心は傷つくのを恐れています」
「人は、自分の一番大切な夢を追求するのが怖いのです。自分はそれに値しないと感じているか、自分はそれを達成できないと感じているからです。」

しかし、そこに旅をともにする錬金術師はいう。

「傷つくのを恐れることは、実際に傷つくよりもつらいものだと、お前の心にいってやるがよい。夢を追求しているときは、心は決して傷つかない。それは追求の一瞬一瞬が神との出会いであり、永遠との出会いだからだ。」

ここに著者パウロのメッセージが込められているように思う。

本書の最後、少年はついにエジプトのピラミッドにたどり着く。

そこで砂をほるが何も見つけられなかった。

だが、少年は大旅行を成し遂げるその旅路で、出会う人、経験すること、それらが少年自身の人生を豊かにさせてくれた宝そのものであったことに気づく。

それは決して夢を旅しなければ得れなかったものばかりだった。

翻って自分はどうだろうか。

果たして本当に自分が一番大切な夢を追い続ける人生を歩んでいるのだろうか?

たしかに、私の人生も夢を追い続けた人生であったように思える。キャリアの展開の仕方にしても、すべてを捨てるかのごとく、ハイリスクな部分も多かったが、その分得た物が多かった。

そして、ジョブレスの期間をあえて引き受けて、内在している多くの欲求という荷物を置いてきた。

今、悠々自適な生活を送っているように見える。
丁寧な生活を送り、好きなことだけを仕事にできている。

しかし、「まだまだこんなものじゃないだろう」という声が聴こえてくる。

やりたいのに、恐れてやれていないことがたくさんある。

そんなことに気が付かせてくれ、私の心に勇気と情熱の火が灯った。

目には見えない「前兆」と「心の声」

ここからは、付箋を貼った、私が好きな言葉を引用していきたい。

本書の中で、繰り返し出てくる言葉に、「宇宙のことば」や「大いなることば」というものが出てくる。

神秘的な言葉で、インテグラル理論でいう第三層の世界観がにじみ出ている。

「ものごとが口づてで伝えられなくてはならないのは、それが純粋な人生から成り立っており、こうした人生は絵や言葉ではとらえることができないからなのだ。人々は絵や言葉に気を取られて、大いなることばのことを忘れてしまうのがおちだった。」

ブッダやソクラテスが書物を残さなかったことはこのあたりからくるのだろう。

主人公の少年は、なにかの決断や行動の指針に、「前兆」と「心の声」を大事にしている。

「前兆に気がつくようになるのだよ。そしてそれに従っていきなさい」
「お前の心に耳を傾けるのだ。心はすべてを知っている」

そして、「前兆」というのは、直感みたいなもの。

そして以下のような言葉がある。

「少年は、直感とは、魂が急に宇宙の生命の流れに侵入することだと理解し始めた。」

つまり、「前兆」や「心の声」は、単に自分の欲望のままにではなく、宇宙のことばや大いなる言葉を感じ取ることを示している。

少年は、物語中、自分の心や、石や砂漠や風や太陽などと会話をする。

そこに何か自分に向けたメッセージがあるのではないかと、耳をすませていく。

これこそ、インテグラルライフプラクティスに思え、私に今必要な実践に思う。この少年のように、前兆や心の声に耳をすませたい。

死生観

少年は何度も命の危険があるのだが、彼は驚くほど落ち着いて以下の様に言う。

「明日死ぬことでさえ、他の日に死ぬことと別に変わりがあるわけではなかった。毎日は、生きるためにあるか、またはこの世からおさらばするためにあるかのどちらかだった。」

これほどの死生観は、よほど成熟した人間でなければ体感としてわからぬことだろう。

旅そのものが、少年をここまで成熟させていったのだろう。

すべてのことが教えてくれる

中でも、特に好きな言葉は以下だ。

「彼は新しいことをたくさん学んでいた。そのいくつかはすでに体験していたことで、本当は新しいことでもなかった。ただ、今まではそれに気がついていなかっただけだった。

なぜ気がつかなかったかというと、それにあまりにも慣れてしまっていたからだった。もし、僕がこのことばを、言葉を用いずに理解できるようになったら、僕は世界を理解することができるだろう、と少年は思った。」

「だが、お前は砂漠にいる。砂漠に浸り切るがよい。砂漠がおまえに世界を教えてくれるだろう。本当は、地球にあるすべてのものが、教えてくれるのだ。

おまえは砂漠を理解する必要もない。おまえがすべきことがただ1つ、1粒の砂をじっと見つめることだけだ。そうすればおまえはその中に、創造のすばらしさを見るだろう。」

私たちは、気がついていないだけで、目の前にあるすべてのものが、そこに宿る固有のすばらしさやメッセージがある。

今日、日が暮れ始めた頃、ヒグラシの鳴き声が庭から聴こえてた。

なんとも心地よい鳴き声なんだろうかと、うっとりとした時間が流れた。

ヒグラシが梅雨明けと夏を知らせてくれ、PCばかりさわる私に、地球の豊かさを知らせてくれたように思う。

2021年7月18日の日記より

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