時刻は23時。
ようやく今日1日の予定が終わって、一息ついた。
今日もいろんな意味で、大変意味深い日になった。
その中でも、言葉に残しておきたいことを書いておきたい。
夕方、とある方と、月に1回程度、ざっくばらんに1時間、話をしていた。
その中で、忘れてはならない話がある。
1つ目。
人間にはさまざまな苦しみがあるわけだが、その人が根元的にもっている恐れがある。
それは通常、なかなか気づくことさえ難しいような、とてもとても根元的なものであり、気づけたとしても、たかが数年で、到底変容していくようなものでもない。
対人支援者として、人と関わるからには、そういうもっとも根元的な恐れに対して少しでも力になりたいと思えど、それが何かセッション中でも、わからないし出てこないものである。
しかし、セッションではない、ちょっとした雑談で、自分がとても深い根元的な恐れを語り出すとると、自ずと相手からも恐れが湧き出てきたりするということ。
呼応するかのごとく湧き出るのは、ある種、わたしたちの集合的な恐れなのかもしれない。
私も、自分の恐れを語っていきたい。それがとても大きなギフトになることもある。
2つ目。
私はチェックアウトというものがとても好きだなと思った。
今日、お話しした方は、もう50近くの歳で、大変活躍されて尊敬している方なのだが、なにか、阿世賀さんに託したいという思いがあるように思うと、話してくださった。
それは、決して言葉で言い表せるようなレベルのものではない。
その方が語る時、伝えたいことがあるからではなく、伝えきれないものがあるからだ。
語る声の中に、語らざる声が詰まっている。
私は、とても大きなギフトを受け取っていることに、感謝をしながら、静かに、私も、何かをこの地球に差し出していきたいと思う。
そんなことを思った。
2022年3月22日の日記より