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日記「あじわい」

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はたしてこの世は本当に不公平なのか #26

とある組織に外部から関わらせていただいているが、この会社は自律型組織で成り立っていておもしろい。

この会社なりの自律型組織のおもしろさの1つは、給与を自分で決めることだ。

プロパーや私のような外部からの業務委託も、自分で決める。

ただ、実際のところ不平不満が出る側面はあり、それを解消するためにアドバイスプロセスを設計したり、色んな設計が組まれている。

その中の資料から、哲学者森信三さんの一文を引用された箇所を拝見した。

この『世の中は正直』ということは、「最善説」の立場、すなわち『わが身に振りかかってくる一切の出来事は、自分にとっては絶対必然であると共に、また実に最善である』という信念と共に、実は私が人生に対して、ひそかに抱いている二つの根本信念です。

なるほど、この世の中は、いわゆる『目明き千人、盲目千人』で、なかなか正しい評価というものは得にくいものです。また、世の中は、随分不公平にできているとも言えましょう。

たとえば、一方にはくだらない人間が人にとりいることがうまかったりして、真価以上の高い位置についている例も決して少なくないことでしょう。これに反して、ずいぶん立派な人でありながら、容易にその真価が認められないで埋もれており、世人もまた多くはその真価を知らず、したがって不遇のままに置かれているという場合も、決して少なくないことでしょう。

このように、社会そのものが不公平であるというような現状でありながら、なお私が『世の中は正直である』、否『世の中は正直そのものである』ということを、自分の根本信念としているのは、果たしていかなる根拠において成立しているのでしょうか。

私は世の中が不公平だというのは、その人の見方が社会の表面だけで判断したり、あるいは短い期間だけ見て判断するせいだと思うのです。

つまり自分の我欲を基準として判断するからで、もし裏を見、表を見て、ずーと永い年月を通して、その人の歩みを見、また自分の欲を離れて見たならば、案外この世の中は公平であって、結局はその人の真価どうりのものかと思うのです。

たとえて申すと、仮にその人の真価以上、実力以上の地位にいるんだと判断されることそのことが、すでに世の中の公平なことを示しているものと言えましょう。つまりあの男は、実力以上に遇せられているぞと、陰口を言われることによって、ちゃんとマイナスされている。

「あれは実力はないんだが、情実によって、あんな柄にもない地位について、得意になっているんだ」などと陰口を言われているとしたら、そのこと自身が、すでにマイナスされている証拠であって、世の中が正直で公平なことの、何よりの証拠と言えましょう。

これに反して、なかなか気概があって、先生からそれだけその人物を認められない生徒があったとしても、クラスの人から「先生の評価はそれほどでもないが、頼みがいのある人物だよ」とか「あういうことであの男が先生に誤解されているのは、実際気の毒だ」などと思われているとしたら、それ自身がすでに大きなプラスであって、世の中は正直そのものではないですか。あるいは黙々として独り修めているような人でも、その努力と人柄とは、他日いつかはその真価が認められ、さらには人を動かす力を貯えつつあるのではないでしょうか。

結局『世の中は正直そのもの』と言わざるを得ないでしょう。少なくとも私自身は、自分の身の上について、かく確信している次第です。

「世の中は正直」
(森信三「修身教授録」2第二七講より抜粋)

「目明き千人盲千人」は、言い得て妙である。
それを踏まえて、森信三さんの「世の中は正直」という捉え方は、私自身は好きだ。

「お天道さんが見てるよ」とよく言われたが、その感覚に近い。

これを誰かに押し付けるつもりはない。
ただ、この考えのポイントは、どの視点から物事をみるのか、どの時間軸で物事をみるのか、ということだろう。

たとえば、先日とある男性クライアントから育児休暇をとりたいという相談のセッションだった。

社内からは逃げだと思われたり、色々ネガティブな側面がある。
ただ、自分という視点を変えてみると、クライアントはいう。

奥さんにとっては良く、子どもにとっても良い面があり、何より男性が育児休暇を積極的にとりながら、仕事も復帰後うまくこなすということを証明することで、社会全体にとって大事なことなんだと思う。

さらに、時間軸を未来にいってみる。
男性の育児休暇をとるか迷っている人に、アドバイスができ、自分らしい生き方を支援できる。
もっというと、男性の育児休暇に留まらず、世間の同調圧力や当たり前を疑うということを自分はもっとできるようになる。そして、世の中にはいろんな価値観があっていいんだということを自分自身が深く理解でき多様性を尊重できるような人間になれると出てきた。

ここまで考えると、社内のネガティブな声というのは、どうでもよくなったという。もっと大事なことがあると自信をもって言ってくれた。

このように、何かの悩みなり、不満なり、色んなことは尽きないが、
・どの視点から物事をみるのか
・どの時間軸で物事をみるのか
この2点をいかに広く多様で柔軟に捉えることができるのかがポイントなのだと思う。

そして、それが出来ている人が、結果として発達理論の中では発達段階が高い人の特徴になる。

私自身、クライアントに対してはそういう関わりができるものの、自分ごとになればなかなか出来ていない側面が多い。

自分自身で、視点を広げ、時間を広げることを大事にしていきたい。

話がそれてしまったが、世の中は不公平かという話は、この視点でみると、「この世は正直そのもの」だと思える。

この世は捉え方なのだから、そうやって捉えていけば、何より自分自身が楽になれる。

執着することなく、謙虚に、希望をもって、
自分を信じて、人を信じて、この世を信じて、やっていこう。

2021年1月9日

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