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日記「あじわい」

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Being(あり方)とDoing(技能)の成長の関係性 #15

今日は私が今社外から関わらせていただいていると会社の方とざっくばらんにMTGをした。
コーチやカウンセラーたちの教育をどうするかという観点で、社外から関わっている。

その話の中で、今日に限らずよく話題にあがるのが「being(あり方・態度)とdoing(技能・スキル)」という切り口。

コーチングやカウンセリングを学べば学ぶほど、beingの大切さが語られる。私もロジャーズが好きなのでわかる。

「仏造って魂入れず」という言葉があるように、技術を身に付けても魂がないものは意味をなさない。

ロジャーズは、beingなくしてdoingは効果をなさず、カウンセラーの必要十分条件として、beingの重要性を3条件でいっている。
(厳密にはbeingということ自体も抽象度が高く、ロジャーズだけでも3条件はあくまで態度の話で、晩年の出したプレゼンスがトランスパーソナル心理学的な文脈での在り方。)

ゆえに、良い教育者たちは、beingをいかに高めていくかを大事にする。
しかし、beingに力をいれすぎてもこれはこれで実は違う気がしている。

そもそもこのbeingというのは非常に奥が深い。色んな技能(doing)を身に付けていく中で、結果としてbeingが深い理解につながる。
臨床心理士の村瀬孝雄先生も、フォーカシングという技能を実践していく中で、結果としてロジャーズのいう3条件の理解が深まったと言っていた。

今日打ち合わせでもそれを話すと、先方が「茶道」でも同じことが言えるとおっしゃった。これがいいたとえ話だった。

茶道でも、おもてなしの心をなくしては意味がない。ただ、その心は、1つ1つの作法の型を身に付けていく中で、徐々に理解ができてくるものだと。たとえば、畳の縁を踏んではいけない、茶碗の持ち方など。

このあたりの専門領域になる発達理論の中でも、キーガン、クックグロイター、ビルトバート、カートフィッシャー、違う切り口で同じようなことを言っている。

たとえば、様々なスキルがある中で、パースペクティブテイキングや傾聴というbeingに隣接したスキルを高めると、結果としてbeingが高まる。(人によっては、パースペクティブテイキング自体をbeingに内包していると考えることもあるが。)

beingの大切さを知ってるからこそ、そこにこだわるのはわかる。

しかし、beingは得てして精神論と感じられやすい。そしてそもそも感得するのに時間のかかるものである。

beingの重要さを認識しつつも、doingを色々学び実践し血肉化していくことが、結果としてbeingが自然とあがっていく。

その意味で、私が教育として重視していきたいのは、doingのための研修ではなく、beingを身に付けることを意識されたdoingの研修なのだ。
最近そういうと多くの方が共感してくれて嬉しい。
皆さんと一緒に、beingとdoingのつながりを意識した学びの場をたくさん作っていきたい。

2020年12月2日の日記より
2020年12月29日

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