今日、自分を何かでたとえてくださいと、メタファーで質問を受けた。
特に気に入っている表現は、木や森で喩えたり、星で喩えること。
今日は、これまで違って何か新しい表現でと思って、書斎を見渡し、地球儀があったことから、地球に喩えてみた。
地球には、広大な土地、海があって、多様な生命が生きている。
自分の内面世界も同様に豊かなものであると思う。
私が地球の多くを知らないように、私という人間の中も、未だ気づけていないこと、わかっていないことだらけだが、そこには私なりの経験や教養や発想がつまっていて、まるで地球のように豊かである。
それは自分だけでなく、宇宙には他の惑星があるように、他者の存在も何かの惑星で、固有の輝きがあり、宇宙の中でも惑星同士が影響しあって活動している。
そして、発達するということは、認識世界の拡張であることから、この地球儀に書かれているざっくりした情報の詳細が鮮明に記述されていき、解像度があがっていくことと言える。
そんなことを思って、地球儀を回しながら、自分が思ったことを反芻してかみしめる。
木や森以上に、人はそれくらいスケールの大きいものなんだよな〜としみじみと思う。
junaidaさんの「の」の作品を思い出す。
「の」で表現されるように、ミクロな世界は人間が認識できないレベルで広がっており、マクロな世界も同様に広がっている。それは互いに関連しあって循環している。
人に留まらず、ものごとを1つの有機的生命として同様のように捉えていたい。
ところで、このメタファーというのは本当に素晴らしいものだと思う。
これだけ色んな話しができるが、まずイメージの世界が広がりやすい。
先ほども、要は「人は内面は豊かなのだ」ということを言いたいだけなのだが、地球のようにということで、その豊かさが伝わる。
その派生で、他者も他の惑星と例えることで、この世の広さを宇宙のように捉えることもでき、発想が広がっていく。
イメージを広げてくれるのみならず、このメタファーには、その対象の本質を無意識にも抜き出している。
今回でいうと私という人間を、私たらしめるもの、人間たらしめるものは何かと考えたときに、豊かさというものを抜き出している。
イメージを広げる、本質を抜き出す以外にも、カート・フィッシャーのダイナミックスキル理論を思い出す。
成長を点線面立体という流れを経て、点と点を繋げるというのは、メタファーと同じだと言える。
特にレベル12の原理単一レベルからはまさにそうだと思った。
ティール組織も、組織を生命体と捉えるメタファーであって、組織を経営学だけでなく、自然科学の要素も組みあせている。
なにごともメタファーで捉えていくという作業は、発達という観点でも有効な取り組みと言えそうだ。
毎日1個はメタファーで表現することをしていってみたい。
2021年2月20日の日記より
2021年2月21日