世の中には、性格診断、自己診断ツール(タイポロジー・類型論)というものが多くある。
(インテグラル理論の言葉をかりればタイプ論)
例えば、
・ストレングスファインダー
・エニアグラム
・MBTI
・エゴグラム
といったよくビジネスで使われるものから
・四柱推命
・占星術
など、数え上げればきりがない。
これらは、主にパーソナリティやアイデンティティに関することへの自己理解や他者理解(相互理解)を目的とされている。
ただし、これは扱う側も、受ける側も非常に高いリテラシーが問われる。
でなければ、これらは呪いとなり、むしろその人を苦しめることになる。
ゆえに、診断そのものがどういう特性をもっており、その上で、それとどう向き合うのか、というリテラシーが非常に重要になる。
診断ツールごとに述べていきたいが、総じていえることをここでまとめてみたい。
CONTENTS
リテラシーがなければ呪いになる
呪いとなるのはどういうことか。
たとえば、友人がストレングスファインダーで「戦略」の項目が少ないから自分はやっぱり経営には向いていないんだとショックを受け、経営企画室への異動へ挑戦したいのに、踏み出せないでいる。
その人の呪いになり続ける。
ただよく捉えてほしい。その診断は、何をもって強みと捉えているのか。
心理統計学的にみても、自己回答しているものであるので、正確には「自分が戦略を弱みだと思っている」ことが出ているだけに過ぎないのだ。
当たり前だが、強み弱みは、他者との相対比較で決まるわけであるし、その評価も回答する他者の評価ごとに決まる。
あなたが弱みだと思っていても、その組織では強みだと認識されているかもしれないことはざらにある。
であれば、この場合どう向き合えばいいかというと、たとえば、
・「自分が戦略を弱みだと思っている」という認知、思い込みがあることをまず認識する。
・そして、その認知、思い込みは、どうしてそう思っているのか?と考える。
あ〜そうか、こういう経験してきたからこう思っているんだ
と気づく
・そのうえ、これは自分の認知に過ぎず、自分はどうしていきたいのかを考える
このように活用していくのが健全に思う。
あまりにも、影響を受けてしまし、呪いとなっているのがその人の可能性を閉ざしてしまう人が多く、悲しい気持ちになる。
【特徴1】診断は、便宜上、分断されている
ここから診断系(以下タイプ論)が総じてもっている特徴をあげていきたい。
まずは、診断は、便宜上、なにかしらの切り口でみるため、分断が起きている。
たとえば、ユングをきっかけに、内向的か外交的かに分けられることが増えた。
しかしだが、人間の豊穣さ、深遠さたるは、そんなものではない。
多くの人間は内向的でもあり外交的でもあるのだ。
まず、そのことを認識して欲しい。
それがわかれば、
たとえば、
・診断を受けた自分の状態がどうだったのだろうか?そうかこの出来事の後だったからこんな感じに出たのかなとわかる。
・この人は外交的と出ているが、内向的なところもあるのではないか?と先入観を外しながら向き合う
というようなこともできるだろう。
【特徴2】定点観測であり、変化が含まれていない(場合が多い)
多くのものは、その時瞬間のものに過ぎない。
先程の外交的、内向的1つとっても、経験して、成長して、発達していけば変わってくるのだ。
変化を考慮されたものももちろんあるわけだが、多くのものは定点観測にならざるをえず、そのことも認識しておきたい。
【特徴3】深み(熟練度、段階)という概念がない(場合が多い)
これもすべてがすべてではないが、多くの場合は熟練度といった深みの概念がない。
ストレングスファインダーにしても、同じ着想が高くとも、その着想のレベルが感がある。
自分がどれくらい習熟しているのか。体現できているのか。
これも重要な点だが、多くの場合は含まれていない事が多い。ゆえに、できている、強みだと勘違いをしてしまう。これに注意してほしい。
インテグラル理論をご存知の方は、発達段階というのが、タイプ論に入れられないのは、発達段階だけは深みを表現しているからだ。
特徴を踏まえた上でどのように捉えるのか
これら3つは一部に過ぎないが、そのような特徴を踏まえた上で、どのように捉えるのか。
河合隼雄さんは以下のように述べている。
「タイプを分けることは、ある個人の人格に接近するための方向づけを与える座標軸の設定であり、個人を分類箱を設定するものではないことを強調したい。」
そして、エニアグラム研究者のドン・リンとラス・ハドソンはこのように言う。
「(エニアグラムは)人を分類して箱に入れるのではなく、既に入っている箱がどのようなものかを教えてくれる役割をもっています。自分が箱の中にいるということに最初に気づくことが、そこから脱出するための前提なのです。逆説的に聞こえるかもしれませんが、エニアグラムは制限されたタイプ=パーソナリティの枠から抜け出すための地図なのです。」
いかがだろうか。
本当にしびれる。
我々はこれらの診断で自分や他者を分類箱に入れていないだろうか。
そうではないのだ。その制限から開放されるためにあるものなのだ。
その分類箱に制限されるわけでもなく、
その分類箱の特徴そのものを捉え、その上で、どう扱うのか。
ときに、自分の知らない自分を知り、
他者を理解する新たな視点を得てより寛容になったり、
そのように活用して欲しい。
少し難しいことをいうと、この世のすべては、虚構でありながら現実でもある。
自分の思い込みさえも気づきながら、それでも思い込みを活用して、どう意味づけしていくのか。
可能性を閉ざす必要もなく、可能性を広げていってほしい。
各個別の診断ツールについては、また解説してみたい。