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日記「あじわい」

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インテグラル理論が内包する発達理論は、成人発達理論で展開される個人の発達や、ティール組織で展開される組織の発達のみならず、社会的な制度、社会的な思想、いろんな観点で、その理論を活用することができる。

今の多くの社会システムは、オレンジ段階を生み出すような設計を感じることが多い。

たとえば、民主主義1つとっても、オレンジ段階の主体的な思考のできる投票者が、自身の知識に基づいて理性的に選択を行うことができるという想定に基づいた統治形態といえる。

しかし、現代は多くの成人人口がアンバー段階にいる。

オルテガも著書「大衆の反逆」の中に、「良きにつけ悪しきにつけ、大衆とはおのれ自身を特別な理由によって評価せず、みんなと同じであると感じても、そのことに苦しまず、他の人達と自分は同じなのだと、むしろ満足している人たちのことを言う」という表現は、まさにアンバーを指している。

民主主義1つとっても、そこにも段階があるが、アンバーがいる中でも健全に機能する仕組みはいまだ不足していて、高度な民主主義は多くの国で実現されていない。

この実体は危険性を潜む。

プラトンが著書「国家」において、魂のあり方に応じて、国家の統制体制が対応されると主張するとおり、民主主義が崩壊して独裁制へ変わることは、過去の歴史が証明してきた。

アンバーが健全に機能する論点は、単に選挙制度にとどまらず教育まで広げて改善されている最中である。

一方、集合意識を配慮しながらではあるが、アンバーやオレンジ以外にも、グリーン段階を想定した制度というのも、検討していくことも重要なのかもしれない。

たとえば、今選挙制度1つとっても、投票は1票を誰かにするという択一には、分断された世界観があって、グリーン段階の多元的な世界観をいれるのであれば、0.1刻みで投票できた方が心地よく感じるだろう。

そのような思想で設計されれば、アンバーやオレンジのみならず、グリーン段階をも含めた健全さを社会として担保することができるようになる。

しかしながら、このような設計自体をつくるには、それらをさらに高い次元で統合できるティール段階以上の知性がなければ難しいし、その制度が受け入れられるという点でも、受け入れる側の知性に影響もある。

今回は民主主義の例での話になったが、人のみならず、多くの社会的システム自体の奥に流れるレベルを感じ取っていきたいと思う。

2021年3月16日の日記より
2021年3月17日

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