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日記「あじわい」

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家族でおでんを食べて#350

今晩の晩ごはんは、家族でおでんを食べていた。

手作りのこんにゃくが少ししかなく、それが美味しいかどうかで盛り上がっていた。

母はまだこんにゃくを食べていないようで、父がこんにゃくを発見し、父の心意はわからないが、私は父が食べようとすることを察し、すかさず

「それお母さんまだ食べてへんのちゃう」

という。

すると、父曰く、私が小さい頃から何度もそう言っていたそうだ。

私もあまり自覚的でなかったが、言われてみればよく言っていたように思う。

この発言自体は、私自身から見た家族を支える母の苦労と感謝から来ているのだが、これをあえてイデオロギーでわけるとするなら、

私自身は「功利主義」、父は「自由主義」と言えるかもしれない。

食べるか食べないかは個人の自由である。それを制限することはなるべく排除する。父も自分で稼いでいるので、食べたいものは食べる。(=自由主義)

一方、昭和の時代の一般的な家庭だった専業主婦である母は父を敬う。父と母は役割分担をしているため、父と母両方で稼いでおり、一度父に入る報酬も、母に還元し、全体の幸せを重視する。(=功利主義)

どちらの思想でいるか、私は、この実家においては功利主義的な発想をより重視しようとしているのだろう。

とまあ、あえて政治的イデオロギーに押し込めて述べたが、単に文脈に応じて、母をよりたて、父をたてたりしたいだけである。

2021年11月29日の日記より

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