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日記「あじわい」

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その言葉遣いはどこから来ているのか #14

今日の5人のクライアントとセッションを実施。すべて継続クライアントということもあり、5人とも満足度が高そうで感謝をしてくれた。

しかし、今日は特に自分の言葉遣いが気になった。

というのも、コーチは、クライアントにとって影響力のある存在になるため、倫理観は問われる。

昨日のハンナ・アーレントをみて、倫理への意識がある。
アーレントは凡庸な悪にならぬよう「思考」を訴えてくれた。

ここで押さえておきたいのは、そもそも思考というのは、自分の言語で形成される。ゆえに、自分の言葉遣いによって思考が決まり、倫理が決まる。

今日は気になった自分の言葉遣いは、「そうですよね」と「そうなんですね」。

特に、相手の認知を再度捉え直すために、相手にフィードバックをする。そのフィードバックをもとに再度考えてもらう際、出てきた返事が、自分の認知と一致した際、「そうですよね」と答えてしまっている。

これは、相手を誘導することになりかねない。本来ならここは「そうなんですね」と返した方がいい。

なぜここで「そうですよね」という言葉が自分の中から出ているのか。

自分の認知があっていると思ってしまっているからか。
いや、その認知も正しいかはなんてわからないと思えているからこそ、自分で「そうですよね」と言ってやや誘導的になっている瞬間に違和感を感じられていた。

そうか、私の中に、私との対話で新しい気付きが生まれたね、と思いたい気持ちがあり、そこから出てしまっている気がする。

特に、自分より認識の粒度が粗いものに対して、そう思ってしまう傾向がある。ああ、書いていて情けなく恥ずかしい。

こと自分に専門性や経験がある話題では、自分の方がクライアント以上にその件は深い理解があると思っており、多面的に理解してほしいために、フィードバックをする。

このフィードバックは良い。私が持っているリソースも活用して深く理解や探索に入れるのであればそれは良い。

肝心なのは、その後反応だ。フィードバックどおりになると、「ほら、理解深まってよかった」「ほら、新しい気付きがうまれた」と思っている自分がいる。

しかし、それがその理解が深まり、その気付きがあったとて、それがクライアントにとって最適なものかはわからない。

私は自分がクライアントを変えるためにコーチをしているのではない。クライアントが自らの力で自分自身になっていくためにコーチをしている。私との関係性の中で、無意識にアクセスして、自分自身と対話できる「ひとり」の時間をつくりたい。

今日のこの1つの言葉遣いの気付きは大きい。しかし、おそらく自分の気づいていないところで、こういうことはもっとある。私が私自身になっていくために、自分の言葉遣いもより観察していきたい。

2020年12月12日の日記より
2020年12月28日

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