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日記「あじわい」

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乱暴に話すのは、そろそろよそうではないか#101

3ヶ月ぶりに成人発達理論をテーマにお話させていただいた。

質疑、対話の中で生まれることが多く、本当に有り難い時間になる。

一方、3ヶ月前にも感じた違和感をまた同じように感じた。
これは今ここで吐き出しておきたい。

現代社会は多くの人が情報便秘の状態になってしまっていて、私たちはもっとはき出さねばならない。

私の70枚あるこのパワポは、あまりにも情報量が多すぎる。
乱暴にさえ感じる。

参加者の皆さんには喜んでいただいているが、この振る舞い自体が発達促進できていない側面を感じる。

減らしていい。1/3か1/4まで減らしていい。
その分、対話がいい。

問いのファシリテートをうまくして、血肉化を促す。

話せば話すほど、私の理想からかけ離れていく感覚があった。

それを以前も感じたからこそ、今日は話すつもりはありませんと言いながら、スライドがあれば結局のところ話す自分がいる。次回から同じテーマでさせていただくのであれば消したい。

なぜこんなにも話すのか。
この資料自体を作成したのは、もう随分前の話だ。
当時、自信のなさが出ているのだろう。

今はもう十分ではないか。

問いと具体的な話、たとえ話を使えば、もっと良い時間になる。

創発をつくりだすのだ。
存在でもって発達を促せる人間を目指そうではないか。

2021年3月22日の日記より
2021年3月25日

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